よく鍼灸の世界では人体は気で出来ているといったりしますが、これはあくまで肉体とその生理作用があるといっているだけなのです。
気が大切なのは、言葉の意味ではありません。治療法を組み立てる時に非常に便利な概念だから大切なのです。
よく鍼灸の世界では人体は気で出来ているといったりしますが、これはあくまで肉体とその生理作用があるといっているだけなのです。
気が大切なのは、言葉の意味ではありません。治療法を組み立てる時に非常に便利な概念だから大切なのです。
中沢:
僕ヒマラヤへ入っていったわけですよ。それで僕の荷物を持ってくれているシェルパの人、ずっとウォークマン聞いているんですよ。で、まあマイケルジャクソンだったと。笑 僕としてはエキゾチックというか、、冒険家の気分なんですね。日本人の研究者が踏み込んだことないところに行くわけですけど一緒に歩いているシェルパの人はそんな意識まったくないわけですよ。だって日本人にしても欧米人にしても冒険だと思って出かけていくけれどそこに住んでいる人たちにとっては日常なわけで、そんなのは幻想に過ぎないんですね。
で、イヤホンを耳につけたとき、これがマイケル・ジャクソンだったときの衝撃っていうのがあるのね。外の世界ではお経の世界とかあるわけ。冷水を浴びせられるような思いがしたんですね。
つまり何か未知のものを手に入れて、それを高々とこう、かざすようにして元の国や共同体に戻っていくのはだめなんじゃないかと思った。つまり地球上は誰かが一度は歩き、誰かが一度はフィルムにおさめ、誰かが一度は語ってきた世界になっているんじゃないかと。そうしたとき、僕らにやらなきゃいけないことは冒険じゃないんじゃないかと思った。大事なのは、細野さんもいったけど路地裏だと思っている。つまり誰もが知っていて、誰もが当たり前だと思って使って楽しんでいるものがあって、それを全然違う目で見て、違う編み上げ方で作っていったとき、今までの世界ががらっと姿を変えてくれる。そういう風にしてぼくらの文化や未来は作り上げられなくてはいけないんじゃないかと思った。
多摩美術大学「21世紀文化論」中沢新一×細野晴臣
link tamabi.tv | 多摩美術大学
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泰: あ、初めて重複リブログしちまった。最初にリブログしてからどのくらいたったんだろう?
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なんでも遅れ遅れに「あ、そういうものなの」と
気づくワタクシですけれど、
このごろは「ついったー」らしいですね。
「ほぼ日」は、「ホームページ」という言い方が
一般的だったころに創刊されました。
その後は「サイト」とか「ウェブサイト」とか、
呼び方が変わったようですが、
ぼくも、付和雷同で、そっちの呼び方にしてます。
いま「ホームページ」って言うと、ちょと恥ずかしいか。
やがて、いつのまにやら、
「ホームページ」だの「サイト」だのは古い、と。
これからは軽くて速くてよく届く「メルマガ」だよーっ、
というムードが強くなってきました。
そういうことも、あるのかもしれない。
ぼくらも、ちょっと採り入れようとなりました。
でも、やってることは「ホームページ」の時代のまま。
さらに、その次は「ブログ」でした。
これは、いままで以上に誘われましたね。
「ブログのコンサルをしてる」というような人が、
「指導してあげるから、その古臭いサイトを改めなさい」
とか、さかんに勧誘してくれました。
「けっこうです」と、セールスマンを断る主婦のように、
理由も説明することなく、そのままにしました。
このごろは、「ブログのほうがいいですよ」という
強いお誘いは、なくなりましたので穏やかです。
やっと落ちついたところに、「ついったー」です。
「ほぼ日」がはじまってから、今日まで、
ネットのさまざまな進化には、のろのろついていって、
手間がかかりすぎるようだったらあきらめて、
というやり方で生きてまいりました。
「Twitter(ついったー)」についても、それですね。
なんたって、いまごろケイタイのことについて
研究しているくらいですから、「ほぼ日」って。
小中学生でもわかるくらいのことを、
大人がやっていくということかもしれませんね。
(via oneheartbeating)